コロナにより加速するアジアの医療DX(前編)

アジアの国々において、医療のデジタル化が急速に進み始めている。

コロナ以前より、デジタル技術が医療分野でも大きなイノベーションを起こす鍵とされ、多くの企業がその取組みを進めてきた。一方で、デジタル技術の活用への障害として個人情報保護や医療の質の担保などが課題となって進みづらいところがあった。

2019年末、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)が中国・武漢から瞬く間に世界中へ広がり、日本・欧米を含む世界各地で医療資源が逼迫し、その対応が急務となった。新型コロナウイルスにより、デジタル技術の活用は必然となった今、5年かかると思われていた変化が数ヶ月で起きているとも言われている。そしてアジアの国々においても例外ではなく、デジタル技術の活用は加速している。

本連載では、中国・インドという大国と東南アジアの国々を中心に、デジタル技術の活用により進む医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)についてご紹介する。本稿では、新型コロナウイルス感染症に立ち向かう政府・民間企業の対応、医療従事者・市民の行動への影響についてご紹介する。

アジアの国々における新型コロナウイルス感染症の感染拡大

デルタ株(インド型変異株)の感染拡大により、インド、そして東南アジアの各国において感染者数・死者数が急増している。*1 ワクチン接種率もまだ低い状態であり、病床や人工呼吸器などの医療資源が逼迫した状態となっている。*1 米国のジョンズ・ホプキンス大学の新型コロナウイルス特設ウェブサイト

しかし、デルタ株が広がる前の2021年3月頃までにおいては、国によって違いはあれ、アジアの国々は一定の成果を上げて感染者数をコントロールすることができていた。厳しい水際対策や外出規制等の初期対応によって抑え込みができていた。その初期対応に際しては、チャットによるスクリーニングやオンライン診療など、デジタル技術を活用した対応も取られてきた。

 

政府主導で医療分野におけるデジタル技術の活用を推進

ベトナムは東南アジアでも初期対応が非常に早かった国の1つである。2020年2月の時点で健康情報の提供・管理ができるアプリ「NCOVI」を提供開始した。感染状況の管理と罹患者の隔離・フォローに活用される他、入国者の管理にも活用された。

ベトナム政府は、2020年4月にはオンライン診療の活用を開始し、同9月には全国の診療所1000施設を結ぶオンライン診療システムの完成を発表した。

フィリピンでは、保健省主導でCOVID-19の感染防止及び軽症状者の対応のため、病院でオンライン診療を推奨している。「HEALTHNOW」というアプリを通じて医者への相談、薬品の購入・配送、病院への来院予約と管理を提供している。

 

官民連携で加速するオンライン診療の普及

2020年3月27日、インドネシア政府のCOVID-19タスクフォースは、オンライン診療に関連する医療スタートアップ20社との連携を発表した。罹患者の自宅療養時におけるモニタリングを支援し、急変時には医療機関に搬送される仕組みを構築。連携したスタートアップには、医師とのオンライン診療、医薬品の配送、医療機関向けITシステムなどを提供する企業が含まれる。そしてその翌4月には、保健省とインドネシア医学評議会がそれぞれ、オンライン診療を解禁する旨の通達を発した。周辺国においても、タイ・ベトナム・フィリピン等においては2020年にオンライン診療に関するガイドラインが制定され、患者に対してオンライン診療を提供することを政府が公認する形となった。

一方、シンガポール政府は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大以前より、医療分野へのデジタル技術の活用を積極的に進めてきた。医療機関における病院情報システムの構築、PHR(パーソナルヘルスレコード)の整備・普及などに取り組んでいる。

オンライン診療に関しても2015年にはガイドラインを制定し、2018年から規制のサンドボックス制度「LEAP」を開始し、認定事業者によるオンライン診療の提供を認める形となった。これらで認定されるサービスはあくまでも自己負担または民間医療保険会社による付加サービス等の形で提供されてきた。しかし2020年4月にシンガポール政府は特定の慢性疾患管理においてオンライン診療を許可する通達が発し、公的保険も一部償還される形となった。

法規制の整備に加えて、オンライン診療サービスの利用料を政府が負担することで利用者の増加が加速している。月間利用者数が前年対比2倍前後となっているサービスも多い。

この分野で先行する中国最大手のオンライン診療プラットフォーム「平安好医生(Ping An Good Doctor)」では、2020年末時点で会員数は3億7000万人を超え、医療機関との連携もさらに強化している。

 

ペイシェントジャーニーの変化

ペイシェントジャーニーとは、患者による症状の認知から医療機関における治療とその後のフォローにいたる一連の過程を表す言葉である。

従来のアジア諸国では、医療機関ではなく薬局が患者にとって最初の接点となる。医療保険制度が不十分で医療費の自己負担が大きい国ではなおさら、診察費・検査費などの医療費の負担を抑えるためにまずは薬局を訪れる。

体調不良時は、まずは近隣の薬局・ドラッグストアにて1日から3日分程度の医薬品を購入して様子を見る。体調が良くならない場合は公立診療所(ヘルスセンター等)や民間クリニックを受診する。それでも回復しない場合は病院を受診し、場合によっては周辺国へ医療渡航(メディカル・ツーリズム)を行う。医療渡航は富裕層に限らず、中間層・貧困層であってもより良い医療を求めて周辺国へ渡航していた。

新型コロナウイルスの感染拡大により、このペイシェントジャーニーにも大きな変化が起きている。感染の早期スクリーニングやフォローアップ、医療機関の業務支援などにおいて、デジタル技術を活用したソリューションが活用されている。

例えば、インドネシアにおいてオンライン診療や医薬品配送サービスなどを提供する「ハロドック(Halodoc)」社は、感染拡大初期から自社のサービスを用いて早期発見・治療に取り組んだ。チャット相談による感染者のスクリーニング、検査予約、オンライン診療、医薬品の患者宅への配送などをオンラインで提供。オフラインでもドライブスルー検査の実施などに取り組んだ。現在はオンラインでのワクチン接種予約まで支援している。これらの取り組みは、インドネシア保健省とも連携して実施している。ハロドック社には医師2万人が登録しており、月間のアクティブユーザー数は2,000万人を超える。

(インドネシア・ハロドック社の新型コロナウイルス感染症への対応)

このようにデジタル技術を活用したソリューションによって、患者は自宅にいながらチャットで医師に相談することができ、必要な検査・医薬品の手配もすることができる。不要不急の外出を控えることができ、また医療機関にとっても治療が必要な患者を重点的にケアできるようになるという利点がある。こうしたオンラインでのサービスは、オフラインの医療サービス(医療機関・薬局)と相互補完の関係となり、オンライン・オフラインが結びついて人々の健康を支援することを可能にしている。

 

民間企業・大手病院グループにおける医療DX

新型コロナウイルス感染症は、医療機関や民間企業への経営的なインパクトも大きく与えており、デジタル化への取り組みは必須となっている。

民間医療保険会社の取り組みも忘れてはならない。加入者向けにオンライン診療を展開しており、24時間の診察や既存オンラインアプリを通じたサービスの提供を行っている。
マレーシアでは、AIA Malaysia(保険会社)とDOC2US(オンライン診療サービス)が協同、フィリピンではAXA Philippines(保険会社)とMyPocketDoctor(オンライン診療サービス)が保険加入者向けに、オンライン診療や医薬品配送サービスを提供している。このように医療DXを駆使し、保険会社が医療サービス提供者となる事例も増加してきている。
東南アジアの多くの国では、マネージドケアシステム(公的医療制度が充実していない国で発展しつつある管理医療システム)が主であり、民間医療保険会社、マネージドケア事業者、医療機関の3事業者が連携して医療サービスを提供している。
その3事業者の中では、民間保険会社がより多くの医療情報を保有しており、そのデータを持って保険会社自ら医療サービス提供者へと移行する流れは、コロナによって更に加速していくと考えられる。

次回の後編では、大手病院グループや製薬企業などの新型コロナウイルス感染症への対応や、それを実現するためのスタートアップとの協業などについてご紹介する。

 

<執筆者>

石井 貴之
日本では大手リネンサプライ業者であるワタキューセイモアで営業、そのあと海外へ移住し、主に東南アジア圏内で6年間を過ごす。海外では医療機関運営に携わり、その傍ら日系医療関連企業の海外進出サポートも行う。2019年にMIMS Pte LtdのUAE支社の責任者としてアブダビ在住。2021年に日本へ帰国し、医療法人理事就任。クリニックの事務長、訪問看護ステーション責任者を兼任し、その他医療福祉事業に携わる。