Asia Healthcare Guide
アジアの最新ヘルスケア情報をお届けします。⼈⼝の増加と⾼齢化、慢性疾患の増加、そして豊かさの⾼まりによって引き起こされた健康意識の⾼まりは、ヘルスケア需要を増加させています。世界の⼈⼝の60%が住むアジアではこの傾向は顕著で、世界のヘルスケア市場の規模と成⻑を押し上げています。
MIMS Japan, 6 December 2021 | News Article
タイ | 進むオンライン診療、変化する患者の行動
オンライン診療ガイドライン
前回の記事でもご説明したように、タイでは近年、医療インフラの拡充が遅れている地方で都市部との医療格差の是正や、医師不足の解消のために、政府主導のもと、オンライン診療の推進が行われてきた。COVID-19の拡大を機に、民間病院も積極的にオンライン診療を推進し始め、診療から薬の配送までを一括したサービスを提供している。
ただ、2020年7月までオンライン診療を直接管理する法律や規制はなく、タイ保健省から特定の許可なしに運営することが可能であった。無論、オンライン診療のための個人情報保護法などもなく、医療分野外のサービスに適用される一般的な規制、つまり医療専門家法1082、公衆衛生法2007、医療施設法1998、電子取引を遵守するだけであった。
しかし、タイの医療評議会は、2020年7月21日付けで、No. 54/2563(オンライン診療ガイドライン)を発行し、主に安全性と情報保護の詳細が記載されたガイドラインが策定された。
民間病院のオンライン診療活動
世界有数の病院チェーンBDMS傘下のサミティベート病院(バンコク)では、オンライン診療サービス「バーチャル・ホスピタル」を展開。実際に患者が来院したかのようなすべての医療サービスを受けられるようになっている。スマートフォンのビデオ通話を使い、リアルタイムで医師、看護師に症状を伝え、診察後はオンラインで診療報告書が出され、早ければ1時間半以内に自宅やオフィスに薬が届く。
また、正確な診断のための採血サービス「Test @ Home」や、自宅でのインフルエンザ予防接種サービス「Vaccine @ Home」なども遠隔サービスの内に含まれている。
バーチャル・ホスピタルは24時間365日対応で、診察料は15分で500バーツ(約1700円)。定期的に処方医薬品の割引キャンペーンや送料無料を実施している。
オンラインによるため、タイ国内に限らず、欧米にいるタイ人の相談を受けることも多い。
この「バーチャル・ホスピタル」は2019年3月に開設し、オンライン診療ユーザー数が開設前と比較し20倍に増加。2021年8月のユーザー数は昨年の同月と比較し、221%増加。バーチャル・ホスピタルは決してCOVID-19の検査目的のみではない。相談が最も多いのが皮膚疾患であり、その次に胃腸疾患、小児疾患、および小児成人の精神障害の相談増加がみられる。これはCOVID-19によって、患者行動が変化した結果である。
Samitivej Virtual Hospital
https://www.samitivejhospitals.com/page/samitivej-virtual-hospital
政府主導のオンライン診療活動
タイ政府は、自宅や地域の隔離センターで軽度の症状を示すCOVID-19患者を監視するためのオンライン診療プラットフォーム「BKK HI Care platform」を構築した。
関与する政府機関には、デジタル政府開発庁、国立科学技術開発庁、国家保健安全局、バンコク保健局、および国営の電気通信会社が含まれる。
「BKK HI Care platform」は、医師による遠隔患者モニタリングを可能にし、患者の毎日の食物摂取量、治療内容、処方箋、およびバイタル、体温を記録する。このプラットフォームには、Windows、iOS、Androidのスマートフォン、タブレット、PCを介して、看護師や医師がアクセスし、いつでもどこでも患者情報を管理できる。
現在、約285の医療施設がプラットフォームを介して約9,000人の患者を遠隔監視している。
参考:デジタル政府開発庁のBKK HI Care platform活動
https://www.dga.or.th/document-sharing/dga-news/63998/
消費者行動の変化とその対応 薬局編
前述した通り、「バーチャル・ホスピタル」による患者行動の変化が理解できた。そして、薬局・ドラッグストア業界にも大きな影響を及ぼした。
バンコクで「ブレズ薬局」(18店舗)、内科総合診療を行う「ブレズクリニック」を運営している飯田直樹氏によると、COVID-19の影響を受けて、消費者の購買行動にも大きな変化があった。その最たるものはオンライン販売チャネルの台頭である。タイでサービスを展開しているGrab,Line,Lazada,Shopee等を活用し、遠隔サービスを提供することで、伝統的な薬局の対面販売を基本とする販売スタイルから脱却し、消費者の支持を得て急速な成長を遂げている企業が目立つ。
2019年のタイFDA調査によると、バンコク都には約3,600の薬局及びドラッグストアが存在し、人口あたりの薬局数は世界トップレベルである。また、タイの薬事法においては薬剤師の処方範囲が日本と比較して広く、薬局にて多くの医薬品を手に入れることが出来る。これらの背景から、多くのタイ国民はヘルスケア関連商品を薬局の店頭を訪れ、実際に商品を手に取り、専門スタッフに相談して購入する習慣がある。この伝統的な販売スタイルから一転、昨今はグーグルマップやGrabで店舗を検索し、SNSやチャットアプリを利用して商品を選び、配車アプリを利用して自宅まで届けてもらうという、オンラインチャネルを活用した購買スタイルが急速に普及しつつある。「ブレズ薬局グループ」では、オンラインでの相談がCOVID-19以前の約10倍、ネット経由での注文数は約30倍になっており、類を見ない速さで成長を続けている。
薬局に限らず、全ての小売店舗にとってネット購買人口の増加による恩恵は、商圏の拡大にあると言える。従来は、店舗から半径〇〇キロなど地理的な範囲を商圏とし、マーケットを見て店舗開発がされたが、この常識は今やもう通用しない。バンコクにある小売店舗が、地方の消費者へ商品を郵送することで、商品流通の仕組みが大きく変革する時期と言えよう。また、この流通網の多様化は、周辺産業へも影響を与える。
「ブレズ薬局グループ」では、医薬品、医療機器、サプリメント、化粧品等のタイ王国正規輸入代理店であり、新規でタイ市場に参入し、新規流通チャネルを活用したマーケティングで成果をあげようとする日系企業からの相談件数が倍増している。
メディカルツーリズムで財を成したタイでは、この新たな様式をチャンスと捉え、今後どのような医療大国になっていくか非常に楽しみである。
ただ、遠隔サービスが進むにつれ大きくなる懸念点は、医薬品の通信販売規制の緩和タイミングと方法である。現段階でタイは医薬品の通信販売は禁止としているが、当局も当規制に対し緩和や改正を検討せざるを得ないだろう。どのような方針で国民の健康を守るのか、今後見どころであるとともに、民間企業の経営者は、政府の動きを敏感に感じ取りビジネスチャンスを探す必要があると言える。
<執筆者>
石井 貴之
日本では大手リネンサプライ業者であるワタキューセイモアで営業、そのあと海外へ移住し、主に東南アジア圏内で6年間を過ごす。海外では医療機関運営に携わり、その傍ら日系医療関連企業の海外進出サポートも行う。2019年にMIMS Pte LtdのUAE支社の責任者としてアブダビ在住。2021年に日本へ帰国し、医療法人理事就任。クリニックの事務長、訪問看護ステーション責任者を兼任し、その他医療福祉事業に携わる。
MIMS Japan, 22 October 2021 | News Article
コロナにより加速するアジアの医療DX(後編)
アジアの国々における医療機関・企業とスタートアップの取り組み。
前編では、新型コロナウイルス感染症の拡大がアジア各国における医療のデジタル化をいかに進展させているかをお伝えした。2020年初頭の感染拡大初期より、政府と民間企業が連携して感染対策・早期対応に取り組む事例があった。例えばベトナムの「NCOVI」やフィリピンの「HEALTHNOW」のように、アプリを活用した感染状況の管理が行われた。インドネシア政府はオンライン診療を解禁するとともに、オンライン診療を提供する企業20社との連携を発表した。シンガポールでは一部の疾患に関するオンライン診療サービスに対して公的保険が償還されることとなった。新型コロナウイルス感染症の拡大は、市民・患者の行動にも変化を与えた。予防・診断から治療のフォローまでをオンラインで完結することができるソリューションも生まれ、よりオンライン・オフラインが結びついてきている。
後編では、これらの大きな変化のなかで起きている新たな取り組みについて、医療機関・企業とスタートアップの協業に注目してご紹介する。
医療機関経営へのインパクト
新型コロナウイルス感染症によって世界中の医療機関が打撃を受けた。アジア各国の医療機関においても経営面への影響が大きい。「A closer look at ASEAN hospitals (April 8, 2021)」 *1によると、ロックダウンや外出控えによって患者数は20%から80%減少、病床稼働率は通常の25%から90%に留まる形となり、医業収益は大幅減となった。さらに医療在庫のロスや感染対策によって支出が増加し、キャッシュフローが悪化した。
*1:Hospital Management Asia(HMA)が、ASEAN5カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)の23の病院を対象に行った、ベッド数やスタッフ数、支払いシステム、さらにはCOVID-19のロックダウンによって患者サービスにどのような影響があったかについての調査。
アジアを含む海外の医療機関は株式会社経営が一般的であり、上場する医療機関も多数存在している。中国・インド・東南アジアの上場医療機関の発表資料(決算説明資料等)によれば、キャッシュフローは15%から30%ほど悪化していることが分かる。
加速する医療機関のデジタル化
医療機関は、ペイシェントジャーニーの変化に対応して医業収益を上げることなどを目的に、デジタルヘルスソリューションの活用を進め始めている。L.E.K Consulting社の調査「Asia-Pacific 2021 Hospital Priorities: Settling Into the New Normal (March 11, 2021)」によれば、活用を進めている医療機関は中国では89%、シンガポールでは94%となっている。一方、日本は61%と低く、特に高度医療を提供する医療機関のデジタル化においては中国・シンガポールが先行している状況と言える。
中国では、オンライン診療の普及が加速している。2015年頃から大手IT企業や保険会社によるオンライン診療サービスが普及するとともに、オンライン診療を提供する医療機関(インターネット病院)も増加してきた。新型コロナウイルス感染症によりその普及は加速し、現在は公立の地域中核病院において約8割がオンライン診療を提供している。
一方、東南アジアにおいても医療機関によるオンライン診療提供が増えている。マレーシア・シンガポールなど8カ国に展開するアジア最大の医療機関グループ「IHHヘルスケア」は、8カ国においてオンライン診療の提供を開始した。またタイの最大手病院グループ「BDMS」傘下のサミティベート病院においても24時間体制のオンライン診療サービスが提供されている。
オンライン診療に限らず、問診・診断の効率化、医療情報の管理・活用、医療在庫の最適化、感染対策、医療従事者の管理など、医療機関におけるデジタル化の余地は大きい。医療のデジタル化を推進するキープレイヤーとして、ヘルステック企業(スタートアップ)への注目が集まっている。
ヘルステック企業への投資が加速
2020年はアジアのヘルステック企業に対して約6750億円が投資された(シンガポール Galen Growth 社 調べ)。そして2021年はそれをさらに上回る勢いで投資が集まり、上半期のみで約4400億円が投資されている。新型コロナウイルスの感染拡大初期は一時的に投資が抑制されたものの、2020年下半期から急激に増加した。
地域別内訳をみると、2020年は中国8割(5420億円)・インド1割弱(514億円)・その他(アセアン、日本)1割弱(466億円)となっている。2021年上半期は中国7割弱・インド2割弱・その他1割強となり、中国以外の地域への投資が増加傾向にあることが分かる。投資家としては大企業による投資(直接投資・CVC)が増加し、事業連携を見込んだ戦略的投資が増えた。また、現地財閥やメガITベンチャー企業、先行する同業スタートアップによる巨額の買収も起きている。戦略的投資は今後も増える傾向にあると予測されている。
スタートアップの生態系が進化
前述の通り、スタートアップへの投資は中国だけではなくインド・東南アジアでも拡大している。インドでは2021年初頭、国内初となるヘルスケア分野のユニコーン「Innovaccer」が誕生した。同社は2014年にインドにて創業、医療機関のデータ解析ソリューションを提供している。現在はアメリカを中心に1万以上の医療機関に導入されている。インドでは他にもユニコーン予備軍が控えているとともに、新たなヘルステック企業が続々と誕生しておりさらなる盛り上がりを見せている。
(インド初のヘルステック・ユニコーン「Innovaccer」社ホームページより引用)
一方、東南アジアでもヘルステック企業が増加・成長している。域内のヘルステック企業数は500社以上に及ぶ。シンガポールでは研究開発型の医療機器・デジタル治療アプリや慢性疾患管理・健康経営・介護などの領域の企業が増えている。インドネシアは2.6億人の巨大市場においてオンライン診療企業を中心にスタートアップのエコシステム(生態系)が広がっている。マレーシア・タイ・ベトナム・フィリピンでは各国の大手企業・財閥の支援も受けながらヘルステック企業のエコシステムが立ち上がりつつある。オンライン診療企業を中心に、複数国に多国展開する企業も増えている。
(東南アジア・ヘルステック企業MAP 2021:株式会社メプラジャパン発行)
アジアのヘルステック企業に投資するベンチャーキャピタルの代表は、「インドは中国の5年ほど遅れ、東南アジアはさらに5年遅れている。中国の成功モデルを踏まえてインド・東南アジアの次なる成長企業を探している。」と語っている。日本企業がアジア各国の事業機会・パートナーを探るうえでも、各地を比較して調査や事業検討を進めることが重要である。
日本企業のアジア進出事例
アジアの医療産業の成長、さらに加速するデジタル化の影響を受け、日本企業によるアジア進出も徐々に増えてきた。
塩野義製薬は中国の個人向け金融サービスグループとして業界をリードする「中国平安」と合弁会社を設立した。中国平安は医療アプリ「平安好医生(Ping An Good Doctor)」を提供する子会社を2014年に設立し、オンライン診療や医薬品配送などのサービスを提供している。ユーザー数は4億人以上(2021年6月30日時点)、先端テクノロジーと自社雇用の約2000名の医療チーム及び3.8万名の外部医師による医療健康サービスを提供している。中国平安が持つテクノロジーを活用することで、塩野義製薬は「従来の製薬ビジネス」からのトランスフォーメーション(Beyond Pharma)を進めようとしている。
(合弁会社設立の発表資料より引用)
製薬会社のデジタル領域での取り組みはさらに増えている。エーザイは中国大手EC「JD.com(京東商城)」の子会社「JD Health(京東健康)」と合弁会社を設立し、中国国内における高齢者向けの健康サービスとして認知症のオンライン診療サービスなどを提供を予定している。参天製薬は、近視の予防・抑制に取り組むシンガポールのスタートアップ「Plano」との戦略的提携を発表している。
総合商社によるヘルスケア分野への事業展開も加速している。三井物産は2011年に出資参画したIHHヘルスケアのDXを起点とした「ウェルネスサービスプラットフォーム事業構想」を発表し、医療周辺事業の展開やデータの活用を進めている。住友商事は2019年にマレーシアのマネージドケア事業者2社を子会社化し、マネージドケア事業に参入した。2021年9月にはベトナムにおけるマネージドケア事業への参入も発表している。他社も現地大手医療機関やヘルステック企業への出資・提携を発表しており、医療現場とテクノロジーを組み合わせた事業展開を進めようとしている。
アジアの医療DXが進む先とは
最後に、これからのアジアの医療が変化する方向について私見をお伝えしたい。医療においては医療機関が大きな役割を果たすことは言うまでもない。一方で、より適切な医療を提供できる社会にするためには、これからは医療機関(オフライン)だけでは十分ではない。オンライン診療やデジタルヘルスソリューションを組み合わせ、オンライン・オフラインが統合されて一貫した医療の提供が求められる。中国ではOMO(Online Merges with Offline)という概念のもと、この統合・融合が急速に進んでいる。オンライン診療を提供するプラットフォーマーが医療提供プロセスを統合し、オールインワンの医療版スーパーアプリとなっていく可能性がある。その流れはインド・東南アジアにも広がってきている。
疾患の高度化が進み自己負担率も高いアジアの国々において、民間医療保険の普及も注目すべきテーマの1つである。先にご紹介したマネージドケア事業のように、医療提供者と保険者の境界も徐々になくなり統合されていく。その動きは公的保険制度が未熟な国であればあるほど早くなることが予想される。
そして、これまで述べてきたデジタル化は、官民連合によってさらに加速する。政府には法規制・保険償還などの土壌整備が求められ、企業にはスピーディなサービス開発・エビデンス創出などが求められていく。急速な変化が起きているこのアジアの医療業界において、日本企業の技術・サービスがより多くの影響を与え、ひいては日本の医療産業がグローバルレベルでさらに向上することを切に願っている。
<執筆者>
石井 貴之
日本では大手リネンサプライ業者であるワタキューセイモアで営業、そのあと海外へ移住し、主に東南アジア圏内で6年間を過ごす。海外では医療機関運営に携わり、その傍ら日系医療関連企業の海外進出サポートも行う。2019年にMIMS Pte LtdのUAE支社の責任者としてアブダビ在住。2021年に日本へ帰国し、医療法人理事就任。クリニックの事務長、訪問看護ステーション責任者を兼任し、その他医療福祉事業に携わる。
MIMS Japan, 25 August 2021 | News Article
コロナにより加速するアジアの医療DX(前編)
アジアの国々において、医療のデジタル化が急速に進み始めている。
コロナ以前より、デジタル技術が医療分野でも大きなイノベーションを起こす鍵とされ、多くの企業がその取組みを進めてきた。一方で、デジタル技術の活用への障害として個人情報保護や医療の質の担保などが課題となって進みづらいところがあった。
2019年末、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)が中国・武漢から瞬く間に世界中へ広がり、日本・欧米を含む世界各地で医療資源が逼迫し、その対応が急務となった。新型コロナウイルスにより、デジタル技術の活用は必然となった今、5年かかると思われていた変化が数ヶ月で起きているとも言われている。そしてアジアの国々においても例外ではなく、デジタル技術の活用は加速している。
本連載では、中国・インドという大国と東南アジアの国々を中心に、デジタル技術の活用により進む医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)についてご紹介する。本稿では、新型コロナウイルス感染症に立ち向かう政府・民間企業の対応、医療従事者・市民の行動への影響についてご紹介する。
アジアの国々における新型コロナウイルス感染症の感染拡大
デルタ株(インド型変異株)の感染拡大により、インド、そして東南アジアの各国において感染者数・死者数が急増している。*1 ワクチン接種率もまだ低い状態であり、病床や人工呼吸器などの医療資源が逼迫した状態となっている。*1 米国のジョンズ・ホプキンス大学の新型コロナウイルス特設ウェブサイト
しかし、デルタ株が広がる前の2021年3月頃までにおいては、国によって違いはあれ、アジアの国々は一定の成果を上げて感染者数をコントロールすることができていた。厳しい水際対策や外出規制等の初期対応によって抑え込みができていた。その初期対応に際しては、チャットによるスクリーニングやオンライン診療など、デジタル技術を活用した対応も取られてきた。
政府主導で医療分野におけるデジタル技術の活用を推進
ベトナムは東南アジアでも初期対応が非常に早かった国の1つである。2020年2月の時点で健康情報の提供・管理ができるアプリ「NCOVI」を提供開始した。感染状況の管理と罹患者の隔離・フォローに活用される他、入国者の管理にも活用された。
ベトナム政府は、2020年4月にはオンライン診療の活用を開始し、同9月には全国の診療所1000施設を結ぶオンライン診療システムの完成を発表した。
フィリピンでは、保健省主導でCOVID-19の感染防止及び軽症状者の対応のため、病院でオンライン診療を推奨している。「HEALTHNOW」というアプリを通じて医者への相談、薬品の購入・配送、病院への来院予約と管理を提供している。
官民連携で加速するオンライン診療の普及
2020年3月27日、インドネシア政府のCOVID-19タスクフォースは、オンライン診療に関連する医療スタートアップ20社との連携を発表した。罹患者の自宅療養時におけるモニタリングを支援し、急変時には医療機関に搬送される仕組みを構築。連携したスタートアップには、医師とのオンライン診療、医薬品の配送、医療機関向けITシステムなどを提供する企業が含まれる。そしてその翌4月には、保健省とインドネシア医学評議会がそれぞれ、オンライン診療を解禁する旨の通達を発した。周辺国においても、タイ・ベトナム・フィリピン等においては2020年にオンライン診療に関するガイドラインが制定され、患者に対してオンライン診療を提供することを政府が公認する形となった。
一方、シンガポール政府は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大以前より、医療分野へのデジタル技術の活用を積極的に進めてきた。医療機関における病院情報システムの構築、PHR(パーソナルヘルスレコード)の整備・普及などに取り組んでいる。
オンライン診療に関しても2015年にはガイドラインを制定し、2018年から規制のサンドボックス制度「LEAP」を開始し、認定事業者によるオンライン診療の提供を認める形となった。これらで認定されるサービスはあくまでも自己負担または民間医療保険会社による付加サービス等の形で提供されてきた。しかし2020年4月にシンガポール政府は特定の慢性疾患管理においてオンライン診療を許可する通達が発し、公的保険も一部償還される形となった。
法規制の整備に加えて、オンライン診療サービスの利用料を政府が負担することで利用者の増加が加速している。月間利用者数が前年対比2倍前後となっているサービスも多い。
この分野で先行する中国最大手のオンライン診療プラットフォーム「平安好医生(Ping An Good Doctor)」では、2020年末時点で会員数は3億7000万人を超え、医療機関との連携もさらに強化している。
ペイシェントジャーニーの変化
ペイシェントジャーニーとは、患者による症状の認知から医療機関における治療とその後のフォローにいたる一連の過程を表す言葉である。
従来のアジア諸国では、医療機関ではなく薬局が患者にとって最初の接点となる。医療保険制度が不十分で医療費の自己負担が大きい国ではなおさら、診察費・検査費などの医療費の負担を抑えるためにまずは薬局を訪れる。
体調不良時は、まずは近隣の薬局・ドラッグストアにて1日から3日分程度の医薬品を購入して様子を見る。体調が良くならない場合は公立診療所(ヘルスセンター等)や民間クリニックを受診する。それでも回復しない場合は病院を受診し、場合によっては周辺国へ医療渡航(メディカル・ツーリズム)を行う。医療渡航は富裕層に限らず、中間層・貧困層であってもより良い医療を求めて周辺国へ渡航していた。
新型コロナウイルスの感染拡大により、このペイシェントジャーニーにも大きな変化が起きている。感染の早期スクリーニングやフォローアップ、医療機関の業務支援などにおいて、デジタル技術を活用したソリューションが活用されている。
例えば、インドネシアにおいてオンライン診療や医薬品配送サービスなどを提供する「ハロドック(Halodoc)」社は、感染拡大初期から自社のサービスを用いて早期発見・治療に取り組んだ。チャット相談による感染者のスクリーニング、検査予約、オンライン診療、医薬品の患者宅への配送などをオンラインで提供。オフラインでもドライブスルー検査の実施などに取り組んだ。現在はオンラインでのワクチン接種予約まで支援している。これらの取り組みは、インドネシア保健省とも連携して実施している。ハロドック社には医師2万人が登録しており、月間のアクティブユーザー数は2,000万人を超える。
(インドネシア・ハロドック社の新型コロナウイルス感染症への対応)
このようにデジタル技術を活用したソリューションによって、患者は自宅にいながらチャットで医師に相談することができ、必要な検査・医薬品の手配もすることができる。不要不急の外出を控えることができ、また医療機関にとっても治療が必要な患者を重点的にケアできるようになるという利点がある。こうしたオンラインでのサービスは、オフラインの医療サービス(医療機関・薬局)と相互補完の関係となり、オンライン・オフラインが結びついて人々の健康を支援することを可能にしている。
民間企業・大手病院グループにおける医療DX
新型コロナウイルス感染症は、医療機関や民間企業への経営的なインパクトも大きく与えており、デジタル化への取り組みは必須となっている。
民間医療保険会社の取り組みも忘れてはならない。加入者向けにオンライン診療を展開しており、24時間の診察や既存オンラインアプリを通じたサービスの提供を行っている。
マレーシアでは、AIA Malaysia(保険会社)とDOC2US(オンライン診療サービス)が協同、フィリピンではAXA Philippines(保険会社)とMyPocketDoctor(オンライン診療サービス)が保険加入者向けに、オンライン診療や医薬品配送サービスを提供している。このように医療DXを駆使し、保険会社が医療サービス提供者となる事例も増加してきている。
東南アジアの多くの国では、マネージドケアシステム(公的医療制度が充実していない国で発展しつつある管理医療システム)が主であり、民間医療保険会社、マネージドケア事業者、医療機関の3事業者が連携して医療サービスを提供している。
その3事業者の中では、民間保険会社がより多くの医療情報を保有しており、そのデータを持って保険会社自ら医療サービス提供者へと移行する流れは、コロナによって更に加速していくと考えられる。
次回の後編では、大手病院グループや製薬企業などの新型コロナウイルス感染症への対応や、それを実現するためのスタートアップとの協業などについてご紹介する。
<執筆者>
石井 貴之
日本では大手リネンサプライ業者であるワタキューセイモアで営業、そのあと海外へ移住し、主に東南アジア圏内で6年間を過ごす。海外では医療機関運営に携わり、その傍ら日系医療関連企業の海外進出サポートも行う。2019年にMIMS Pte LtdのUAE支社の責任者としてアブダビ在住。2021年に日本へ帰国し、医療法人理事就任。クリニックの事務長、訪問看護ステーション責任者を兼任し、その他医療福祉事業に携わる。
MIMS Japan, 12 April 2021 | Company Updates
MIMS が Singapore Management University (SMU-X )と連携し、学術的厳密性と経験に基づく学習を組み合わせる
MIMSは、 Singapore Management University (SMU-X)の取り組みの一環として、同大学の経済学部と協力し、学術的厳密性と経験に基づく学習を組み合わせました。両者は、 COVID 19 が医薬品サプライチェーンに与える影響、予防医療、東南アジアにおける遠隔医療の台頭などをテーマに共同研究を行いました。
当社のエグゼクティブ・バイス・プレジデントのSohil Goswami は、今年のプログラムのアクティブ・メンターとして、研究テーマの開発に貢献しました。 2021年4月8日には、最終プレゼンテーションの採点に参加し、「パンデミックの発生により、医療従事者や患者に力を与えるための医療政策、計画、コミュニケーションへの関心が高まっていますが、これは MIMS が何十年にもわたって掲げてきた使命です。 SMU X の学生たちは、 MIMS が提示したリアルワールド研究のテーマに取り組み、示唆に富む結果を発表してくれました。これらの結果は、東南アジア諸国での事業計画の参考にしたいと思います」と述べています 。
本プログラムの教授であるSeonghoon Kim 博士は、「ヘルスケア業界のリーディングカンパニーとの密接な協力関係は、ヘルスケア分野でのキャリアパスを目指す学生にとって非常に有意義な経験となりました。学生たちは、MIMS との共同プロジェクトを通じて、ヘルスケア分野におけるリアルワールドの問題を学び、問題解決に必要な専門知識を身につけました」と述べています。
今後もこのようなパートナーシップを継続し、我々のビジネスや教育機関に有意義な影響を与えることを期待しています」と述べています 。
MIMS Japan, 19 March 2021 | Company Updates
MIMS 、 Center for Indonesian Medical Students' Activities (CIMSA)と提携し、初のバーチャル・ヘル ス・ハッカソン大会を 開催
MIMSは、 Singapore Management University (SMU-X)の取り組みの一環として、同大学の経済学部と協力し、学術的厳密性と経験に基づく学習を組み合わせました。両者は、 COVID 19 が医薬品サプライチェーンに与える影響、予防医療、東南アジアにおける遠隔医療の台頭などをテーマに共同研究を行いました。
当社のエグゼクティブ・バイス・プレジデントのSohil Goswami は、今年のプログラムのアクティブ・メンターとして、研究テーマの開発に貢献しました。 2021年4月8日には、最終プレゼンテーションの採点に参加し、「パンデミックの発生により、医療従事者や患者に力を与えるための医療政策、計画、コミュニケーションへの関心が高まっていますが、これは MIMS が何十年にもわたって掲げてきた使命です。 SMU X の学生たちは、 MIMS が提示したリアルワールド研究のテーマに取り組み、示唆に富む結果を発表してくれました。これらの結果は、東南アジア諸国での事業計画の参考にしたいと思います」と述べています 。
本プログラムの教授であるSeonghoon Kim 博士は、「ヘルスケア業界のリーディングカンパニーとの密接な協力関係は、ヘルスケア分野でのキャリアパスを目指す学生にとって非常に有意義な経験となりました。学生たちは、MIMS との共同プロジェクトを通じて、ヘルスケア分野におけるリアルワールドの問題を学び、問題解決に必要な専門知識を身につけました」と述べています。
今後もこのようなパートナーシップを継続し、我々のビジネスや教育機関に有意義な影響を与えることを期待しています」と述べています 。